「思考の強い人」のアセンション方法

今から17年ほど前に読んだ日本語の単行本で、はじめて「アセンション」という言葉を知りました。題名も覚えていないその本には、「思考の強い人はアセンションしない」と書いてありました。「何も考えていないキャピキャピ女子高生の方が、なにこれ~あはは~♪って感じでアセンションするんだよ」って書いてあって、「私は思考が強いし、キャピキャピもしてないから、関係ないや」と思って、それっきりでした。


だから、私がアセンションした時、「アセンションした」という自覚もないまま、ただ、「幽体離脱して光に帰った」だけの事だと思っていました。だけど、それから一年ほど経って、友人に「それ、ただの幽体離脱じゃないでしょ。アセンションしたんでしょ」と言われ、ハっとしました。確かにそうでした。こういった、地球圏外に出る幽体離脱は実はニ度目で、一度目とは身体に戻ってきてからが、明らかに違いました。波動は爆上がりの、宇宙のすべてがわかる、まさにマトリックスを出た状態でした。


あの覚醒体験からだいぶ経ってから(思考がまともに働きだしてから)、考えました。「思考が強い」私が、なぜアセンションしたのか。私が思考をどう使っていたのか。そこで思い当たる事は一つしかありませんでした。それは、明確に「自分の思考」というものを、「自分の感情」とは別に区別していた事。アセンションする何年も前から、「思考なのか、感情なのか」を問うクセを自分につけていました。そして、「感情を優先させる。思考は、感情を表現するために使う」というルールも自分に課していました。人は「思考」と「感情」と「身体」が密接に絡み合っている生き物です。その関係性を知り、バランスをとっていく事が大事だと思っていたからです。


「思考を停止させる」とはよく言うけれど、聞くたびに、なんだか思考が可哀想になりますw。魂は、「思考する」事も体験したくてやってきたのに、悪者扱いされてしまって、可哀想だと思いませんか?私がアセンションした瞬間は、確かに思考は停止していました。停止させたのではなく、勝手に停止していました。身体に戻ってからも、長い間、停止していました。感覚のみで生活しているような状態でした。テレビを見ても何も入ってこない、本はもちろん読めない、運転するのも危ない。でもとても幸せな感覚でした。ただ、あのままでは人間ではない、という事も実感しました。だから、少しずつ思考も戻ってきて、こうやって自分の思考を文字を使って書けています。それもまた、とても幸せなことなのです。


あの覚醒体験は、あくまで私のアセンション方法だっただけで、アセンション方法は人それぞれ。私のようにバン!と行く人もいれば、徐々に進み、ある日気がついたらアセンションしてた!という人もいます。だからこそ、今思います。思考が強くてもアセンションできる!思考は使い方次第!なのだと。


まとめると、


〇思考を停止させる必要はない。

〇思考が強くてもアセンションできる。

〇思考は感情を表すためのツール。

〇思考にリードされない生活をする、つまり、感情の喜ぶ事をする


これが、アセンションへの近道だ!

Healing Studio Mana

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